臨時記号

臨時記号♯,♮の出現理由

臨時記号♯(シャープ)♮(ナチュラル)が出現する理由をいくつかに分類しました。

※調号としての♯の役割は扱いません。
※♮についてはもともと調号で♭が付いていた音に付く場合のみ扱います。逆の場合については,臨時記号♭,♮の出現理由で扱っています。

1. 短調における導音,和声的短音階

導音とは,ある音に向かう音,ある音を導く音のことで,通常は調の主音に下から向かう音,つまり主音の2度下の音のことを指します。長調であれば,主音の2度下の音は何もしなくても主音の半音下(短2度下)であり,この半音差という不安定感が主音を導きます。一方短調では,主音の2度下の音はそのままでは主音の全音下(長2度下)であり,長調のときと同様の不安定感で主音を導くためには臨時記号で主音の半音下(短2度下)まで近づける必要があります。

例を挙げると,調号に♯も♭も付かないイ短調では,主音の「ラ」に向かう導音は「ソ♯」,調号が♯1個のホ短調では,主音の「ミ」に向かう導音は「レ♯」,調号が♭1個のニ短調では,主音の「レ」に向かう導音は「ド♯」,調号が♭3個のハ短調では,主音の「ド」に向かう導音は「シ♮」です。

2. 旋律的短音階

旋律的短音階の上行形を形成するためには,短調の主音の6度上(短6度上)の音,7度上(短7度上)の音をそれぞれ長6度上,長7度上へと半音上げます。あるいは主音の3度下(長3度下)の音,2度下(長2度下)の音をそれぞれ短3度下,短2度下(半音下)へと半音上げるとも言えます。

例を挙げると,調号に♯も♭も付かないイ短調ではファとソに♯が付き,調号が♯1個のホ短調ではドとレに♯が付き,調号が♭1個のニ短調ではシに♮,ドに♯が付き,調号が♭3個のハ短調ではラとシに♮が付きます。

3. 属調への一時的な転調

属調へ一時的に転調する際,調号を変えずに臨時記号だけで処理する場合があります。

例を挙げると,調号に♯も♭も付かないハ長調ではファに♯が付いて一時的にト長調となり,調号が♯1個のト長調ではドに♯が付いて一時的にニ長調となり,調号が♭1個のヘ長調ではシに♮が付いて一時的にハ長調となり,調号に♯も♭も付かないイ短調ではファに♯が付いて一時的にホ短調となり,調号が♯1個のホ短調ではドに♯が付いて一時的にロ短調となり,調号が♭1個のニ短調ではシに♮が付いて一時的にイ短調となります。

4. 同主調への一時的な転調

同主調へ一時的に転調する際,調号を変えずに臨時記号だけで処理する場合があります。

例を挙げると,調号に♯も♭も付かないイ短調ではファとドとソに♯が付いて一時的にイ長調となり,調号が♯1個のホ短調ではドとソとレに♯が付いて一時的にホ長調となり,調号が♭1個のニ短調ではシに♮,ファとドに♯が付いて一時的にニ長調となり,調号が♭2個のト短調ではミとシに♮,ファに♯が付いて一時的にト長調となり,調号が♭3個のハ短調ではラとミとシに♮が付いて一時的にハ長調となります。

5. その他の一時的な転調

一般に,何らかの転調が一時的に生じる際,調号を変えずに臨時記号だけで処理する場合があります。

6. 組み合わせ

調号が変わらない平行調への一時的な転調や,調号を変えずに臨時記号だけで処理される各種の一時的な転調に,短調における導音あるいは旋律的短音階のための♯,♮が重なって生じる場合があります。

例を挙げると,調号に♯も♭も付かないハ長調が平行調のイ短調に一時的に転調しているとき,イ短調の導音としてソに♯が付く場合があり,調号に♯も♭も付かないイ短調が属調のホ短調に一時的に転調しているとき,(調号の変化分としてファに♯が付くだけでなく,)ホ短調の導音としてレに♯が付く場合があります。

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ミ♯,シ♯の必要性

臨時記号♯,♮の出現理由がわかれば「ミ♯,シ♯の必要性」もへったくれもないはずですが,私も含め,なぜか引っかかる人がいるのであえてこのような項目を書きます

臨時記号♯によって,「ミ♯」,「シ♯」という音が出現することがありますが,「『ファ(♮)』,『ド(♮)』と一緒じゃん,なんでそんなややこしい表記をするんだろう?」と(愚かな事に)長い間思っていました。しかし,ちょっと考えれば「ミ♯」,「シ♯」と表記すべきところを「ファ(♮)」,「ド(♮)」と表記してしまうほうが余程ややこしくて奇妙だということがわかります。実質的に出す音の高さが同一でも,「ミ♯」,「シ♯」はそれぞれ「ファ(♮)」,「ド(♮)」と決して同じではありません。

「ミ♯」,「シ♯」が登場する原因はいくつかありますが,その中でも最も単純な例を見れば,必要性,必然性がわかると思います。

結論としては,嬰ヘ短調,嬰ハ短調の導音を考えればわかります。

嬰ヘ短調

嬰ヘ短調は「ファ♯」を主音とする短調で,調号は♯3個です。ファとドとソに♯が付いています。この嬰ヘ短調において主音の「ファ♯」に向かう導音が「ミ♯」なのです。もし,導音にあたる音を「ファ♮」と表記してしまうと,「主音を臨時記号で半音下げた音を導音とする」(「主音の増1度下の音を導音とする」)ことを意味してしまい,他の短調において「主音の全音下(長2度下)の音を臨時記号で主音の半音下(短2度下)まで上げた音を導音としている」こととの整合性が取れませんし,さらには「主音の2度下が導音である」という,長調をも含めた前提に反します。ただし,転調を理由として,嬰ヘ短調で書かれている譜面の途中で「ファ♮」が現れることはあり得ます。

嬰ハ短調

嬰ハ短調は「ド♯」を主音とする短調で,調号は♯4個です。ファとドとソとレに♯が付いています。この嬰ハ短調において主音の「ド♯」に向かう導音が「シ♯」なのです。「ド♮」ではいけない理由は嬰ヘ短調の場合と同様です。

以上で「ミ♯」,「シ♯」が登場する最も単純な理由がわかったはずです。誤解のないように書きますが,「ミ♯」,「シ♯」を特別視するべきではありません。「実質的に出る音が何と同じか?」などと変に深く考えず,「ミ♯」,「シ♯」をそのまま受け入れればいいだけです。

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ダブルシャープの必要性

私が初めてダブルシャープに出会ったのは高1の冬,部活でのことです。「もともと♯が付いていた音をさらに半音上げる」だったか,「♯は半音上げるが,ダブルシャープは全音上げる」だったか,「半音2個分上げる」だったか,そんな説明を聞いたような気もするし,自分で調べたような気もしますが,なぜそんな記号が必要なのか理解できませんでした。「1個上の音で書けばいいじゃん」と(愚かな事に)長い間思っていました。

最も単純な例 - 導音

ダブルシャープが曲中のどういう箇所で出てくるかは場合によって異なりますが,ダブルシャープが必要となる最も単純な例で必要性に納得できれば,以後ダブルシャープの存在がすんなり受け入れられるのではないでしょうか。私自身,最も単純な例以外はよくわかりません。

結論としては嬰ト短調(や嬰ニ短調,嬰イ短調)の導音を考えればわかります。

嬰ト短調は,「ソ♯」を主音とする短調で,調号は♯5個です。ファとドとソとレとラに♯が付いています。この嬰ト短調で,主音の「ソ♯」に向かう導音が「ファのダブルシャープ」なのです。もし,導音にあたる音を「ソ♮」と表記してしまうと,「主音を臨時記号で半音下げた音を導音とする」(「主音の増1度下の音を導音とする」)ことを意味してしまい,他の短調において「主音の全音下(長2度下)の音を臨時記号で主音の半音下(短2度下)まで上げた音を導音としている」こととの整合性が取れませんし,さらには「主音の2度下が導音である」という,長調をも含めた前提に反します。ただし,転調を理由として,嬰ト短調で書かれている譜面の途中で「ソ♮」が現れることはあり得ます。

嬰ト短調では,そのままでは主音の2度下(長2度下)が「ファ♯」と,調号においてすでに♯が付いた状態なので,これをさらに半音上げるという概念と記号がどうしても必要なのです。同様に嬰ニ短調では「ド♯」を,嬰イ短調では「ソ♯」を半音上げるために,ダブルシャープが必要となります(ただし,そもそもそれぞれ異名同音調である変ホ短調,変ロ短調のほうがより多く使われるらしいです)。

以上が,ダブルシャープが必要となる最も単純な例です。

その他の例

上記の最も単純な例も含め,もとから♯が付いていた音が臨時記号♯,♮の出現理由の対象としてさらに半音上がらなければならない場合に,ダブルシャープが必要であると言えます。

嬰イ短調の旋律的短音階の上行形では「ファ♯」と「ソ♯」が半音上がります。

調号が♯5個の嬰ト短調が同主調に転調する際にダブルシャープが必要となる場合があります。「嬰ト長調」は(調号上)存在しないので,嬰ト短調の同主調は変イ長調とするしかなく,変則的です。調号も♯5個から♭4個へと大転換します。しかし,調号を変えずに臨時記号だけで処理するなら,ミとシに♯,ファにダブルシャープが付くことで概念的には調号が♯方向に3個移るだけで済み(臨時記号だけで変イ長調にするより臨時記号が少なくて済み),主音の「ソ♯」が異名同音の「ラ♭」になるという変則的現象もなく,正真正銘の「嬰ト短調の同主調」を想定できます。

同様に,調号が♯6個の嬰ニ短調が同主調に転調する際にも,調号を変えずに臨時記号だけで処理するなら,シに♯,ファとドにダブルシャープが付くことで,正真正銘の「嬰ニ短調の同主調」を想定できます。

このように,転調先の調が(調号上)存在しない場合(♭系の調に直せば調号で処理できるにもかかわらず)ダブルシャープを用いて処理する場合があります。

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臨時記号♭,♮の出現理由

臨時記号♭(フラット)♮(ナチュラル)が出現する理由をいくつかに分類しました。

※調号としての♭の役割は扱いません
※♮についてはもともと調号で♯が付いていた音に付く場合のみ扱います。逆の場合については,臨時記号♯,♮の出現理由で扱っています。

1. 下属調への一時的な転調

下属調へ一時的に転調する際,調号を変えずに臨時記号だけで処理する場合があります。

例を挙げると,調号に♯も♭も付かないハ長調ではシに♭が付いて一時的にヘ長調となり,調号が♯1個のト長調ではファに♮が付いて一時的にハ長調となり,調号が♭1個のヘ長調ではミに♭が付いて一時的に変ロ長調となり,調号に♯も♭も付かないイ短調ではシに♭が付いて一時的にニ短調となり,調号が♯1個のホ短調ではファに♮が付いて一時的にイ短調となり,調号が♭1個のニ短調ではミに♭が付いて一時的にト短調となります。

2. 同主調への一時的な転調

同主調へ一時的に転調する際,調号を変えずに臨時記号だけで処理する場合があります。

例を挙げると,調号に♯も♭も付かないハ長調ではシとミとラに♭が付いて一時的にハ短調となり,調号が♯1個のト長調ではファに♮,シとミに♭が付いて一時的にト短調となり,調号が♯2個のニ長調ではドとファに♮,シに♭が付いて一時的にニ短調となり,調号が♭1個のヘ長調ではミとラとレに♭が付いて一時的にヘ短調となり,調号が♭2個の変ロ長調ではラとレとソに♭が付いて一時的に変ロ短調となります。

3. その他の一時的な転調

一般に,何らかの転調が一時的に生じる際,調号を変えずに臨時記号だけで処理する場合があります。

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ダブルフラットの必要性

ダブルフラットの必要性はダブルシャープほど明快ではないような感覚があります。

調号が♭5個の変ニ長調が同主調に転調する際にダブルフラットが必要となる場合があります。「変ニ短調」は(調号上)存在しないので,変ニ長調の同主調は嬰ハ短調とするしかなく,変則的です。調号も♭5個から♯4個へと大転換します。しかし,調号を変えずに臨時記号だけで処理するなら,ドとファに♭,シにダブルフラットが付くことで概念的には調号が♭方向に3個移るだけで済み(臨時記号だけで嬰ハ短調にするより臨時記号が少なくて済み),主音の「レ♭」が異名同音の「ド♯」になるという変則的現象もなく,正真正銘の「変ニ長調の同主調」を想定できます。

同様に,調号が♭6個の変ト長調が同主調に転調する際にも,調号を変えずに臨時記号だけで処理するなら,ファに♭,シとミにダブルフラットが付くことで,正真正銘の「変ト長調の同主調」を想定できます。

このように,転調先の調が(調号上)存在しない場合(♯系の調に直せば調号で処理できるにもかかわらず)ダブルフラットを用いて処理する場合があります。

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